「やさしさといじめの出どころは一緒」2018年を迎えて

ご訪問ありがとうございます。

去年からこんなことを考えていたのだけれど・・・2018年を迎えてしまいました。

「あなたは優しい人が好きですか?」
「やさしい人と言われたいですか?」

ほとんどの人の多くは、「やさしい」という言葉は好きだと思います。
アナタもそうではないでしょうか?

人にやさしい、動物にやさしい、自然にやさしい、地球にやさしい、
沢山のやさしさに満ち溢れていると思います。いい言葉です!

でも、この優しさとは、アナタよりも弱い、守るべき存在に向けられる行為、もしくは、アナタの働きかけによって変わることを期待できる対象に向けられる行為かと思います。

アナタより弱いもの、加護が必要な人、生き物、自然、物。

ということは、アナタが、対象よりも強いもしくは余裕がある、力があるからできる「やさしさ」なのかもしれません。

話は変わります。

「いじめ」という言葉があります。

いじめには、この言葉の前に「弱いもの」が付きます。「強いもの」いじめなんてあったらすっきりするけれど、おそらくないと思います。

いじめは、自分(アナタ)よりも弱いもの、弱い対象に向けられる行為です。動物をいじめたり、自然を破壊したり、モノを粗末にするのも、いじめという表現は当てはまらないかもしれませんが、自分(アナタ)よりも弱い対象に向けられるものです。

いじめは、アナタがその対象物の支配力を持っているときにできる行為の1つです。

これからが極論ですが

「やさしさといじめの出どころは一緒」と思うんです。

どちらも、その対象よりも力が勝っていなければできない。

「やさしいの反対はきびしい」なのかもしれませんが、自然はきびしい、他人にきびしい、自分にきびしいなど、その対象には、尊厳と愛があるように思うのです。

「いじめの反対は庇う(かばう)」なのかもしれませんが、自分を庇う、アナタの大切な人を庇うはあっても、(アナタと関わりのない)他人を庇うと言うことはないようです。その対象に関係がなければ「庇う」という言葉は用いません。

じゃあ、アナタの大切な人、尊厳を持った対象をいじめるということはできるのでしょうか?おそらくないと思います。いじめるという言葉には、その対象に対する愛や尊厳がないからできる行為なのです。

つまり、いじめとやさしさの出どころは、自分(アナタ)よりも弱い対象に向けられている点で一緒なんですが、その対象に対する尊厳や愛が存在するかしないかだと思うのです。

「勝負をしたら完全に勝てる相手に対して、牙をむくのはもうやめにしよう。」

少なくとも、自分の方が冷静に考えて7~8割、相手よりまさっている時点で、勝てるんだったら相手が挑んでこない限りは、やさしくするか?その相手をもっと良くしたい思いで接してあげよう。

「負かす必要なんてないじゃないか?」

やさしさについて考えたとき、ドラえもんののび太くんが浮かびます。

ドラえもんに出てくる#のび太くん   は、心優しい、他人を思いやる子どもです。彼が自分より弱いものに対して、いじめという行為をする場面はないと思います。ジャイアンがむしゃくしゃするという理不尽な理由で暴力を振るわれても、自分がさらに弱いものにそのようなことはしません。

時に、ドラえもんの道具で、仕返しをするのですがことごとく失敗しています。

でも、のび太のやさしさの対象は、自分より弱き者。

「やさしさといじめの出どころは一緒」

こんなことをこれを読んでいるあなたにも知ってほしくて・・・・

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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あとがき

去年

のいじめに関するニュース。

文科省が10月26日に発表した調査結果、2016年度に学校で認知されたいじめ件数が前年度より9万8000件あまり増加し、32万3808件。

いじめ相談にSNS活用

大津のいじめ自殺控訴審

などのニュースの間でも、いじめ自殺によるとみられる自殺は起きていた。これに関するマスメディアのコメントを聴くたびに、なんかむなしさを感じてしまう。

いじめ件数の増加は認知仕方が変わったことあるので数で増えたという判断はできない。また、いじめ相談方法に、ラインやメールを用い、直接、声が届くシステムを作る取り組みが各自治体で始めれれているというニュースもあった。大津のいじめ自殺によって、作られた法律、そして、厳罰化も知られてきた。文科省は、道徳を教科化するようになった。

いじめ相談、いじめに関する調査、警察介入、厳罰化。

ボクは、いじめの実態やいじめそのものに対する応急処置より、いじめる側の心の問題をもっと紐解かないと根本的な解決はできないように思っている。

もっと、言ってしまえば、道徳が必要なのは、今の世の中を作っている大人。子どもじゃない。道徳性のない大人が多すぎる。メディアで騒ぎすぎる。こんなことばかりの情報の中で、道徳性をどう子どもたちに説くのだろうか?

こういっている自分もあるべき理想とはかけ離れている。自分ができることは、自分のできる、持ちうる力の及ぶ範囲での良いと思っている行為に過ぎない。

のび太的なやさしさが限界・・・

自分より強いもの、力あるものに対して、戦いを挑むようなことはできない。

だから「やさしさといじめの出どころは一緒」だと思っている。自分より弱ければ、自分を守るという意味はあるけど、虫だって殺す。ちょっと自分の方が上だと思えば、上から目線で話をする。

子どものときは、アリの巣を壊したり、虫をずたずたにしたりしている。でも、悪いことをしているというより、面白いからやっていたに違いない。だんだん、小さな虫にも命があるということがわかってくる。これだって、アリにしてみたら「いじめ」だし、ずたずたにされた虫などは「なんで、自分が・・・」と思ったに違いない。

※個が大事にされない集団いじめが起きる

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