なぜ、人生まで機械に委ねてしまうのか?

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今回のテーマは

なぜ、人生まで機械に委ねてしまうのか?

です!

結論から言うと

すでに、機械という存在だということすら、意識できない、あって当たり前の存在になっているから、そして、一人の人間が逆立ちしても、その莫大なデータの前では、ちっぽけな存在であるから

です。

先にお話しをしますが、機械というのは、AI と呼ばれているもの、昔、ロボットと呼んでいたものです。自律型で知能を持ったものです。

ロボットというと、古くは、「ジャイアントロボ」だったり、アニメでは、エヴァンゲリオンで出てくる巨大な汎用人型決戦兵器のようなもの。

人が操作する、人が中に入る、装着するものをボクはイメージしていました。

装着する介護スーツなんて、装着するものの一つかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AI の方は、人工知能と呼ばれるが、人形ロボットのようなもの。ドラえもんだったり、古くは、鉄腕アトムだったり、人間と対話ができるばかりか、人間のように考えて、自らが行動するものをさす。

 

 

そうです!ペッパー君もその一人です。

僕が気にしているのは、このペッパーくんに代表されるロボットです。
スターウォーズの「C-3PO」なんかも実在のロボットではありませんがそうですね!

ロボットというよりヒューマノイドと言ったほうが良いかもしれません。

いまは、人間と会話できたり、現実的にこちらの知りたいことを
教えてくれる仕組みが出来ていますね!

スマホなんか音声検索が主流です!

音声で

「近くの美味しいイタリアンお店?」と尋ねるとお店を紹介してくれたり、
「渋谷に行くには・・・・?」で経路を答えてくれたり、

「〇〇のつくり方」で尋ねれば、それすらも画像付きで教えてくれます。

人に聞くよりも、手っ取り早いです。質問の仕方さえ覚えてしまえば、

つまり、私たちが必要なのは、何をどうしたいか?
とその答えをどのような質問で、引き出すかだけなのです。

 

そこまでは、僕らもすごく便利な世の中だと感じることができますが、
その先は、どうなのでしょうか?

なにか判断するときも、コンピュータに頼ってないでしょうか?

判断するのもインターネットの情報に委ねていないでしょうか?

 

アトムのロボットが発売されていました。つい最近、ボクは知ったのですが・・・
おそらくそんなに、大きな話題にならなかったのかもしれません。
でも、ちょっとすごいと思いました。今年の2月のニュースです。

https://robotstart.info/2017/02/22/astro_boy.html

 

 

 

 

12人だったら識別できるそうです。名前や生年月日や趣味やその他のパーソナルデータを
覚えていて、会話の中で、その人の趣味に合わせた会話をしたり、健康状態に合わせた
アドバイスもできるそうです。

http://atom2020.jp/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮に、その人が、褒めて伸びるタイプだったら、そのような声かけもするし、
その人の状況が、読み取ることができれば、上手に慰めることだって出来てしまうのです。
自然会話ができるそうです。

 

 

ところが、人と人はどうでしょうか?
上手く意思疎通ができているでしょうか?

本来なら、機械と人は意思疎通なんてできるはずがないのですが、
いまは、人間同士の方が困難な状況と言えないでしょうか?

毎日のように、人が人を傷つけあうニュース
無くならない戦争

今は、人間以外のもの、犬や猫のようなペット、
そして、ロボットに人間的なものを追い求めています。

彼らのいいところは、他人も自分も傷つけないところです。

もはや、人間の領域を超えてしまったようにも思えます。

ロボットにできないことは果たしてあるのか?
おそらく、最後の砦があるとしたら・・・・

心(こころ)、感情

ロボットにだって感情をパターン化して入れ込むことはできます。
可能だと思いますが・・・・・・・それは表現をすることができるという意味です。

人間は、表現しなくても、悲しかったり、嬉しかったりしている場合があります。
それだけ複雑です。

ところが、この感情というやつは、生き物で、育てていかなくてはしぼんでしまうもののようです

人間だからこそ、迷い、苦しみます。そして、無駄が多い。

今、人生の選択も、コンピューターやAIに委ねてしまう状況下にあります。
どうしたって、彼らは、機械であるにも関わらず、膨大なデータを持っています。

ひとりの人間の経験や知識なんて、足元に及ばないでしょう!

今の世の中は、そうでなくてもデータに支配されています。

こんな時代を超えていく方法がなければ・・・・・
人生まで機械に委ねてしまうようになってしまうかもしれません。

たとえ、ちっぽけな存在だったとしても・・・・
感情、こころだけは、大切にしていきたいと思っています。

 

あとがき

ロボットの語源をウィキペディアで調べてみました。

ロボットという語が初めて用いられたのは、1920年にチェコスロバキア(当時)の小説家カレル・チャペックが発表した戯曲『R.U.R.(ロッサム万能ロボット商会)』においてであるが、この作品に登場するロボットは金属製の機械ではなく、原形質を化学的合成で似せて作った、人間とは異なる組成の肉体と人間そっくりの外見を持つもので、現在のSFで言うバイオノイドである。
チェコ語で賦役(強制労働)を意味するrobota(ロボタ)と[1]、スロバキア語で労働者を意味するrobotnik(ロボトニーク)から創られた造語[2]である。
着想にはゴーレム伝説が影響していると作者が述べており[3][4]、また、言葉自体も作ったのは自身ではなく、兄で画家のヨゼフ・チャペックであるとしている。あらすじを兄に話し、どのような名前にしたらよいだろうかと聞いてみたところ、口に絵筆をくわえてもごもごとした口調で「ロボット」はどうだろうかと答えたという[5]。その後、この作品が各国で翻訳・上演されたことで広まり、一般に使用されるようになった。
日本においても、同作品が1923年に『人造人間』(宇賀伊津緒訳、春秋社)として出版されており、宇賀はrobotを「人造人間」と訳している。直訳のロボットという言葉が普及するのは、戦後以降である。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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