ボクとオウム(雑感)

オウムのニュースが世間を騒がせている。
新聞もテレビも、そしてワイドショーも
「オウム真理教の教祖、幹部の死刑執行」
コメンテーターが口々にいろんなことを言っている

ボクはなんとなくなんとなく眺めていた。「西日本の豪雨の方が大変だろう」と。
でも、ある人物の登場で、1995年が思い出された。
その人物は、上祐史浩氏。
彼は、ボクと同世代になる。

1995年は、
 阪神・淡路大震災
 地下鉄サリン事件(オウム犯行)
 個人的には、ボクの長男が生まれた年。

この上祐氏だけでなく、ほかの幹部も、世代が近い。
皆、高学歴で、真面目と言われている人たち。
ボクは、幹部が逮捕されるのをニュースで見ながら、
あの時の僕らの世代の空気感は「閉塞感」だったような気がする。

もちろんオウムのやったことはとんでもないことで、許されるべきことではない。

ボクは、自分勝手だけども「何とも言えない閉塞感をなんとかしたい」と思っていた。
それは、破壊行為ではなかっただけのことだったのかもしれない。と思っている。
マインドコントロールされたという説明があるが、マインドコントロールされたいという意志がされる側にもあったのでは・・・というのが、その時、ボクの思ったこと。彼らと、ボクに大きな違いは、もしかしたらないのかも・・・・。

いつの間にか時が過ぎて、過去の出来事として考えていたが、
オウムのニュースで、1995年は、ボクにとっては、原点の年のような気がしてきた。

例えるなら、映画「バックツゥーザフューチャー」で言うところの1955年、雷が時計台に落ちたとき。ボクが、もし過去に戻れるなら、1995年を真っ先に選ぶかも知れない。未だに、ボクの閉塞感は続いている。でも、いつの間にか、蓋をしていて、その蓋は錆び付いてもう開かないようだ。

 

・・・・

この年の流行語に「ああ言えば上祐」というのがある。そして、Windows95が発売されたのも、間違いなくこの年。インターネットが身近なものになった。
やはり、僕にとっての時代の分岐点ではないかと、ボクは思っている。

 

以上、しまパパのブロクでした。

 

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