安全性に偏りすぎている?運動会

いまの運動会は安全性が優先。昔あった競技がどんどん変えられている。これも時代なのかと思いつつも、余りにも安全性に偏りすぎているのではないかと思う。

 

 

先日、母校の中学の運動会。知り合いの保護者の方から「昔、やった、富士登山リレーや蛇皮はもうやらないので寂しい、つまらない」と言われた。何人かの親御さんはこう思っているようだ。

ところが、学校側は、安全第一を優先にしている。「怪我を出さないように」である。
特に、子供に無理をさせるような競技。組体操とか騎馬戦、力を合わせて行う団体競技、普段とは違う動きが要求されるものには、手を出さない。でも、学校の考え方を批判しているのではない。

これには、一時期、組体操で、7段ピラミッドが大いに盛り上がった。でも、その反動で、事故やケガが多発した。マスコミは、それを取り上げ、批判的な意見が多く出された。文科省、教育委員会は、指針として、様々な規制を作った。今は、7段ピラミッドも組体操もやらなかったり、やっても、難易度を下げて行うことが当たり前になっている。

練習の時から、怪我をさせないように、安全を優先。

本当にこれでいいのだろうか?怪我なく運動会を終えることが第一!

今の世の中は、なにかミスがあればものすごく叩かれる。もちろん事故を起こすような管理体制であったり不備があれば、言い訳はできない。それが全てになってしまうとこんな感じ

「近隣からクレームが来るので、音楽を小さく流す」
「練習中から怪我が出るといけないので、練習を少なくする」
「怪我が出そうな競技は、リストから外す」など

安全性を担保しながら、運動会をやる。

まるで、ブレーキをかけながら、アクセルを踏むようなもので、怪我をしない、させないことを先に考えながら、競技をする。極端いえば、運動会をしなければ、運動会という名のもとでの怪我や事故はなくなる。という結論になる。

何かをやるためにはリスクを伴う。何かを得るためにはリスクもある。
安全性ばかりを求めていては何もできない。
僕自身がやることでないので、無責任なことは言えないが、運動会には怪我はつきものである。
怪我をしないほうが良いに決まっているけど、怪我があっても不思議はない、体を張って挑んでいるものだからである。要は、その怪我をあってはいけない、絶対悪としてとらえる世の中にある。難しい時代になった。

この考え方が毎日の生活にも出てきてしまっている。リスクを避ける生き方。行動を抑制しながら、毎日を過ごす。こんな考え方、人生観。

あえて危険なことをする必要はない。でも、安全性に偏りすぎているのでは?

りてく(あつものにこりてなますをふく)」

ところまで行き着いてしまっているのいるのでは・・・・

備考

あつものにこりてなますをふく
ある失敗に懲りて、必要以上に用心深くなり無意味な心配をすることのたとえ。羹(肉や野菜を煮た熱い汁物)を食べたら、とても熱くて懲りたので、冷たい食べ物である膾(生肉の刺身。では生魚となり誤り)を食べる時にまで息を吹きかけて冷ましてから食べようとしてしまう、という状況を表している。

以上、しまパパのブロクでした。

 

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