平成最後の夏は、緊張の夏!(注:かなり重たい話)

8月6日は、広島平和記念日,広島原爆忌でした。メディアは、連日の猛暑とアマチュアボクシング(一般社団法人日本ボクシング連盟)の山根会長の話。2年前は戦後70年ということで、とても重々しく、厳かにこの日を過ごしていたような気がします。

平成最後の夏、この連日の猛暑や豪雨、台風の被害など、自然災害が続いている。世の中も、様々なところで、今まで信じていたことやものが、政治でも、教育でも、スポーツの世界でも、破綻してきている。

平成時代の最後に、誰かが、次の時代を迎え入れるために、日本国の精算をしている。などと言うと、スピリチュアルにかぶれたかと言われそうだが、誰かがこうなるように仕向けているんじゃないかと私は思う。だからといって、受け入れられないことばかり・・・

平成時代の出来事を私なりに考えてみた。

やはり、阪神淡路大震災とオウム真理教のことは、平成時代も決して明るい時代ではないと、頭をハンマーで叩かれたような出来事。それまでは、昭和は、戦争もあり、暗い時代だと勝手に解釈していた。でも、平成という年号に改まったからといってすべてが、年号の様に、平和にはいかないものだと思い知らされた。その後も、自然災害では、東日本大震災。そうそう甘くはないのだ。なんとなく、新しい時代に期待していた平成、そして21世紀。決して甘くはないのだ!

平成時代で衝撃受けたこと、個人的には、子供に関連することが多かった。子供同士でのことも、大人が一方的に子どもに対してしてしまった事件もある。1つは、「いじめ」。もう一つは、虐待や子どもに対しての犯罪になる。

ここからは、ボク自身の覚書のようなもの。忘れないために・・・。だから、興味のない人はこの先は読まずで・・・

 

 

 

平成元年 東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件

この事件は、Mが幼女4人を誘拐、殺人、死体遺棄したもの。強烈だったのは、彼が同世代だったこと。おそらく、この頃に、オタクとか引きこもりとかいう言葉とボクは出会った。彼の逮捕は、1989年7月23日、夏のできごと。

平成2年 神戸高塚高校校門圧死事件

これは、先生が遅刻を取り締まろうとして、女子高生が校門に挟まれてしまった事件。女子高生も必死だったのだろう、この先生も必死だったのだろう。あまりにも滑稽で、悲しい出来事。

平成5年 山形マット死事件

この事件は、中学一年生男子が、体育館に置かれていたマットの中で窒息死したというもの。いじめであるという確証がないため(被害者は死亡している)事件性はなく事故だという論調もあった。この時に、ボクは、富士見中学のいじめ自殺事件がフラッシュバックした。ウィキペディアでは、学級担任がいじめに加担するなど日本で初めていじめ自殺事件として社会的に注目された事件である。と説明されているが、このあとも、いじめに関係する事件は続いた。

平成13年 大阪教育大学附属池田小学校事件

これは、Tが学校に侵入して小学生を殺傷した事件。この事件は学校の警備体制、セキュリティに大きな影響を与えた。この事件以降、学校の門扉は鍵がかけられて、インターホンで確認してもらってから入門が許されるようになったり、保護者証の提示が徹底された。

平成23年 大津市中2いじめ自殺事件

この事件は、いじめ防止対策推進法の成立に至った事件。学校の隠蔽体質も問題になった。ボクはPTAに関わるようになっていた。これ以降、毎学期、いじめに関するアンケートを生徒に行っている。また、道徳の教科化になったのは、この事件が発端。それでもいじめは無くならない。

平成27年 川崎市中1男子生徒殺害事件

これも悲しく、切ない事件だったが、ボクはメディアのあり方に対して違和感、不安を感じ始めた、事件だった。死に至る過程をドラマ仕立てするのは、意味が有ることなのだろうか?

平成28年 相模原障害者施設殺傷事件

この事件は、戦後最悪の大量殺人事件。この事件の動機があまりにも理不尽、身勝手。犯人からは大麻の陽性反応が出たとされている。ただ、この事件は、「多様性」や「共生」といった言葉に対して、生産性云々といった発言に繋がる陰を落としている。2年目の追悼式。事件そのものが忘れ去られてしまうようなニュースの取り上げられ方だった。この事件は、平成28年7月26日。

平成30年 目黒女児虐待事件

この女児虐待事件は、関係のないボクも、そして、多くの関係のない大人が、心を痛めた。この両親が鬼畜とボクらが声高に叫んでも意味はない。次々と出てくるエピソードは耳を塞ぎたくなるものだった。

この事件、この女児の残した大学ノートの反省文。これを読むと今でも涙が出てくる。

この事件があって、このブログにまとめることにした。

ボクは悲しいことは忘れてしまう、抱え込んでいては生きていけないということを知っているし、毎日の生活は大事だし、明るくポジティブに生きていたいと思っている。そうでなければ立ち上がれない。目指すは、所ジョージさんと思っている人間。きっと、悲しい事件ややるせない事件、許しがたい事件も日常の中では忘れていくと思う。

ただ、自分が生きていく意味とか、命の意味とかを見つめ返す時に、戻ってこられる場所にしたいと・・・・

平成最後の夏は、まだ終わっていない。また、夏休み明けが訪れる。悲しいニュースが起きないように、子供達に対してのあらゆる方策がうまく機能しますように・・・

平成最後の夏は、緊張の夏。

 

以上、しまパパのブロクでした。

 

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