目標というのは、そらんじる(何も見ないで言える)ものでないと意味がない

ご訪問ありがとうございます。

目標というのは、いつ何時でも、そらんじる(何も見ないで言える)ものでないと意味がないという話。

昨年から、新宿区立落合中学校の新教育目標。「自ら学ぶ、思いやる、やり通す」は、ボクの目標にもなりました。具体的に「何を」の部分が大事なんですが・・・・・。そして、目指すヒーローは「アンパンマン」。

 

 

 

 

 

「あなたの卒業した学校の教育目標は?」

入学試験の面接でこんなことを質問してくる学校はないのかもしれませんが、答えることができますか、4文字で「質実剛健」とか「去華就実」とかの建学の精神みたいなものがある学校は、これで事足りるのかもしれませんが、それでも、教育目標はあるようです。

個人的な話で申し訳ありません。ボクの、卒業した中学校が、去年、開校70周年記念で、教育目標を変えました。理由は、時代に合わせてということもありますが、在学していても、自分たちがどのような教育目標のもとに学んでいるのかわからない。

以前の教育目標(ボクが何十年前にいたときの教育目標です)

  • たくましい心と身体を持った人
  • 勤労と助け合いの喜びを知る人
  • 自分から進んで考える人

「とてもいい教育目標なのに、覚えられない」

やっぱり、改めて見なくても、言えるくらいでないと、生きた目標にならない。

活用できる、無意識に入り込んでくるような目標

生きた目標

でないと意味がないんです。会社の行動指針にも言えることかもしれません。最も、外的なアピールの意味もあり、大事なことを落とすことはできないので、当然長くなるのですが、まず、よほどの愛社精神がなければ覚えられない。

「だから、毎日、繰り返し唱和するんだね!」と

そのことから、目標を紙に書いて、かべにはってみたり、カバンに入れて、常日頃から見ることを習慣にしている人もいます。

「これは、一つの解決策ですね!」

でも、常に確認が必要な状況は、生きたものになるのに時間がかかる。やっぱり、ボクは、具体的でないと言われようと、具体的な物は後で付け加えるという考え方。目標というのは、いつ何時でも、そらんじる(何も見ないで言える)ものでないと意味がないと思うのです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

スポンサーリンク

 

あとがき(余談、たわごと)

「自ら学ぶ、思いやる、やり通す」は、卒業した中学の教育目標ですが、ボクもこれを目標に頑張ろうと思っています。(この目標の策定に、ちょっとだけ加わっています)

実は、この教育目標は、能動的なのです。常に行動することが求められているのです。

以前の目標は、日常の目標というより、結果として得たい目標です。
本来は、結果として得たい目標、求められる結果なのかもしれませんが・・・

新教育目標は、学校生活の中で、毎日の生活の中で、行動が求められるもの。

「自ら学ぶ、思いやる、やり通す」は、ボクの目標

そして、目指すヒーローは「アンパンマン」

今まで、尊敬する人はいたのですが、目標とする人は正直いませんでした。やなせたかしさんは、言わずと知れた「アンパンマン」の生みの親ですが、「正義」について、考えたとき、やなせさんの考えが、いつも頭に浮かびます。「ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そしてそのためにかならず自分も深く傷つくものです」アンパンマンと「正義」というテーマについて、やなせは端的に「『正義の味方』だったら、まず、食べさせること。飢えを助ける。」と述べている。「本当に戦うべき相手とは飢えや公害など」とも・・・

ボクには、ジャムおじさんがいないのだけれど、「アンパンマン」が目指すヒーローです。
理想像です!

「元気100倍、アンパンマン」

 

スポンサードリンク

コメントを残す