酸欠少女”さユり”から学んだこと①

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酸欠少女”さユり”から学んだこと①

というテーマでお話します。

何を学んだのかというと、それは、「全ての人に受け入れられなくても良い」

さユりさんの歌や歌い方、考え方、ボクは本当に素敵でかっこよく美しく思うのだけれど、一方で全ての人に受け入れられるものではないと感じています。

さユりさん、ごめんなさい。そして、さユりさんのファンの方、ごめんなさい。でも、それでいいのだと思うのです。

ボクはいい歳をして、「酸欠少女さユりって最高だよ!」と言っていますが、周りの反応は?であったり、仮に、知ったとしても、「どこが?」という言葉が返ってくることがあります。まだ、こんなのは良い方で、このことに触れないようにしよう(面倒くさい)と思っている人もいることでしょう。当たり前ですが、ボクと同世代はいい加減、いろいろな経験をしていい大人ですから・・・。

でも、いいんです。ボクがさユりさんというアーチストが好きで、一番だと思うのはボクの自由だから・・・・

こんなふうに思えるのは、きっと、さユりさんの生き方もあるように思います。

これは、14歳の彼女の歌です!YAMAHAのミューレボで大会最年少、中3で全国GP受賞したときの曲

すごいと思います。まるで、心から叫んでいるような・・・
こんなふうに、ボクはこの動画を見ました。
彼女は、自分自身と戦っている。周りは関係なく、自分の歌を歌いたい、叫びたいのだと・・・

この歌が、グランプリをとったのは、人に聞かせようという意識よりも自分が叫びたいという思い。この彼女の叫びに感動したのだと思っています。

でも、きっとこのことで、彼女は自分という存在を、周りから認められる形で感じたのだと思います。

ボクが中学時代の頃もそうですが、きっと、多くの今の中学生や高校生も、なかなか自分という存在を認められることは少ないと思います。勉強がすごくできるとか、スポーツで活躍するとか、高校野球で甲子園に行くなんていうことなんてことがあれば別ですが、普通の中学生や高校生は、その他大勢ですから・・・

きっと、さユりさんは、もしかしたら歌で自分は承認されるのかもしれないと思ったはずです。

彼女の10代の頃の歌は、とても攻撃的なような気がします。でも、ボクは年齢は違いますが共感できます。歌で自分の存在を確かめているような・・・

おそらく、彼女の曲に共感するのは、同じような思いで悩んだり苦しんだりしている人、若者だけかもしれません。

それで良いのだとボクは思います。分かるやつには分かるで・・・・

これがどんどん広がっていく予感がボクはしています。

でも、全ての人に受け入れられる必要はないと思います。

全ての人に良いとされる生き方もあるのだけれど、そこを目指したってつまらない。っていうか、これこそ、酸欠を起こしてしまうのだと。

ボク自身が、好きなものを好きということで、全ての人に受け入れられなくても、このことが実はめっちゃ楽しい、素敵だと思えるようになりました。

ボクだけの世界。でも、同じように「さユりっていいよね!イケてるよね!」という人が思いのほかいることに感動しています。世代がちょっと違うけど・・・

 

頭では、全ての人に受け入れらる必要はないと思っているのですが、何かどうしても、受け入れられることばかり願ってしまう。多くの人がそうではないでしょうか?

さユりさんを知ることで学んだこと。

”全ての人に受け入れられなくても良い”

”全ての人に受け入れられなくても良い”

”全ての人に受け入れられなくても良い”

 

ボクは、改めて学び、頭でなく、心で感じることができました。あと、2つ、学んだことがあるのですが、それは次回に・・・・

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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