酸欠少女”さユり”から学んだこと②

ご訪問ありがとうございます。今回のテーマは、酸欠少女”さユり”から学んだこと②です。

学んだことの①は「全てに受け入れられなくても良い」でした。良いというより、「全てに受け入れられなくても怖くない」という方がしっくりくるかもしれません。みんなに受け入れられないということは孤独ということになりますから、とはいえ、みんな=全員と考えないこと。たった一人でも、自分の気持ちや思いに共感し、受け入れてくれる人がいれば良いのです。全ての人と考えるから息苦しい。

学んだことの②は、「自分の存在理由を考える」です。

ボクは「酸欠少女さユりといつまでたっても平行線」というブロクを書いています。

酸欠少女さユりといつまでたっても平行線

なんで、さユりさんの歌が好きなのか、生き方に共感するのかを自分なりにまとめていこうとしたものです。

多分、10代、20代ならば、自分の好きなものに対して、「めっちゃ、いいよね」「ヤバくない」てな感じで言えちゃうだけど、

ボクみたいなオッサンが、「さユりっていいよね!ヤバくない!」などと言うと、「コイツ大丈夫か?」と言われる、言われなくても陰でウワサされる、

「好きなものに理由づけなんて要らない」と思うけど、世間には説明責任みたいなものがあって、ボクなりに、何故、さユりさんという女の子、アーチスト、歌、歌声、生き方が好きなのかを考えること、説明することをやってます。

芋焼酎が嫌いな人に芋焼酎の良さを伝えるように、納豆の嫌いな人に納豆のよさを伝えるように、さユりさんを知らない人にさユりさんの良さ、惹かれる理由を説明する。

こんなことは説明される側にとってはどーでもいいことですが、このことが、ボク(説明する人)にとっては、大事なことであることに気がついたのです。

好きなもの、好きなことの理由を考えることは、自分という人間が何が好きで、ここにいるかを明らかにしてくれる。本当に!

さユりさんという存在を通してですが、自分の存在も意識できるようになる。

ちょっと話が大きくなりましたが、自分の存在理由は、自分で考えることができるようになったのです。

多くの人もそうですが、他人によって自分の存在理由が決められると思い込んでいるかもしれません。

彼女の曲「酸欠少女」に

こんなフレーズがあります。

何が好きで何が嫌いなの
曖昧な酸欠少女

 

何が好きで何が嫌いなの

そのことを考えること、曖昧にしないことが、「自分の存在理由を認めてあげられる」答えの1つかもしれません。

そして、何が好きで何が嫌いかの理由を深堀りすること、実にめんどくさいこと、人によってはかさぶたをはがすようなことかもしれませんが、

ボクは、さユりさんというアーチストを通して、自分の存在理由を改めて考えることができました。

自分の存在理由はなんなのか、まずは、自分の好きなもの、その理由づけから始めると、自分が解ってくるかもしれません。

他人に自分の存在理由を委ねない

自分で「自分の存在理由を考える」

 

他人に自分の存在理由を委ねない

自分で「自分の存在理由を考える」

 

ボクはペンギン広場での

「ほかの何者でもないあなた、ほかの何者でもない私」(そのままではないかもしれませんが)この言葉、じーんときました。

当たり前のことなのだけれども

 
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