24時間テレビの何かに挑戦する姿を見ることの違和感

 

ご訪問ありがとうございます。

 

今回のテーマは
「24時間テレビの何かに挑戦する姿を見ることの違和感」です。

 

皆さんは24時間テレビのスペシャルドラマ
「盲目のヨシノリ先生」を観ましたか?

教師であったヨシノリ先生が、
ある日から目が見えなくなるが
様々な葛藤、努力を経て
再び教壇に立つまでの実話に
基づくドラマです。

このドラマに関しては
実在の先生のエピソードなので
ドラマとして見ることができます。

ところが、他のテーマは
どうでしょうか・・・?

私は、障害を持つ方が
何かに挑戦する姿をテレビで
扱うことついて微妙な思いがあります。

たとえば
リオのオリンピックで
銅メダルをとった水谷選手

銅メダルをとった結果に対して
それまでの道のりが初めて
明らかにされます

同じく、銅メダルに至った
シンクロナイズドスイミング

この銅メダルを取るために
大変な練習をしてきたことは
みなさんがよーく知っているかもれません。

結果に対してのエピソードが
感動をさらに与えてくれるのです。

 

確かに、オリンピックの代表選手になることは
特別なことなのかもしれません

でも、この競技の代表になるための
努力や苦労などというものを
見たところで感動は生まれないように
思います。

いかに競技者として
一番になって、頂点に立つのかが
目標なのです。

努力や苦労は見せなくていいのです。

 

スペシャルドラマにしていますが
ヨシノリ先生の授業風景を
流すだけで、十分な気がします。

その授業風景を見て
感動する人は感動するし
違うと思う人もいるかもしれません。

でもこれでいいような気がします。
障害を持っている人でも
様々で、
気持ちの良い、性格の明るい人もいれば
ちょっとなーという人もいるのです。

そのくらいのスタンスに立たないと
障がい者=感動の図式に対して
NHKが反旗を翻していますが

生放送まであと1日!スタジオでは「障害者を描くのに感動は必須か?」
「チャリティー以外の番組に障害者が出演する方法は?」などのテーマを大討論!

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全くそのとおりだと思います。

パラリンピックの競技だって
結果で決まります。

少し極端であまり良い考え方ではないですが、
どんなに性格の悪く、努力もしない選手でも
その競技で一番強ければ、
一番だと認められるのです。

 

2016年8月14日、
リオ・パラリンピックへ出発前の
女子ゴールボール日本代表の壮行試合

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これを見ると
競技をやっているだけで
何かに挑戦する姿とは

見ている人は思わないと
思いますが・・・・

やっている選手は
この場所で挑戦しているのです。

 

障がいを持っていても持っていなくても
挑戦することは大事なことです!

だからといって、障害があるから
その挑戦は感動的で素晴らしいと
いう考え方は、少し違うのかもしれません。

 

そんな考えで
24時間テレビは見ていません

と言いながら、ドラマは見ていましたが(´∀`*)
高畑裕太容疑者の件もあって

 

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