PTA 活動を楽しめる人になるのが理想

なぜ、PTA を楽しめる人と楽しめない人がいるのか?

PTA 活動を楽しめる人になるのが理想

今では、任意加入であることも、加入しないからといって不利益を被ることはないことが、常識のPTA ですが、役員、委員の選出は、また、別の困難があります。

PTA に不加入する方もいますが、それでも「子どもが通う学校のPTA でお世話になるから」との理由で加入される方いるのではないでしょうか。

ボクは8年間、中学校のPTA 会長をして、ついに平成30年5月8日の総会を以て卒業。無事に終えることができほっとしています。

8年間の会長職、途中、個人情報保護法改正やネットや新聞などのPTA に関する、ある意味の逆風もあり、ボクの学校では、全ての対応をすることを進めてきました。

結果、スッキリした運営ができるようになりました。全ての保護者が加入していないのは、ある意味、当たり前で、自然。むしろ、加入の意志表示をされた保護者で構成されることが、集団ではなく組織であるの意味になります。

集団は偶然のかたまり、組織は目的をもったかたまり。

役員、委員選出は大変!

個人情報や任意加入の問題は、書面や入会費などの目に見える形で解決します。けれども、委員、役員の選出は、簡単にはいきません。PTA の加入の問題と役員、委員選出の問題は違うのです。

「PTA に加入はいいけど、役員、委員はできない」「協力はするけど」

PTA では、各役員、委員の会議や活動内容を分かりやすく書面に。また、一年間の活動の感想を広報したりしていました。人数に幅を持たせカバーしあえる状況にしたり、イベントのための委員会を立ち上げて、仕事の負担を細分化する方法も取り入れました。

そうやって、PTA 活動は進んでいくものです。

PTA 活動を楽しめる人!

ボクが、8年間のPTA 活動を通して感じたこと。PTA 活動を楽しめる人と楽しめない人がいること。それは、様々な理由で時間がないという人で、年に1~2回しかできない状況の人でも積極的なかかわりをもてる人がいる。反面、人とのコミュニケーションが不得手で、義務感になってしまう人。

ボクは会長職を受けていままでやってきてますが、本質的には、後者のコミュニケーションが不得手、義務感でものごとを考える傾向があるようです。

だから、PTA 活動をこころから楽しめない人の気持ち、それでもやっている人の気持ちはわかるのです。それでも、避けられこと。この時は、こんな言葉で、自分を納得させます。

「何事も義務感でものごとを成してはならない」と、新しい出会いを喜ぶ。

PTA 活動を楽しめる人は、好奇心が旺盛で、自分の意見をしっかりもっている人が多いです。ボクは、区の中学校PTA 会長の集まりで、物凄くショックを受けました。

今では、とても良い経験です。

自分が変わるきっかけに!

それまでの人生経験や元々の性格などで個人差があるのが当然です。PTA 活動で苦しむくらいならやらなくてよいと、PTA 活動は人です。ボクも一時、会長職でありながらPTA 活動に否定的でした。でも、立場上、そんなそぶりは見せませんが。

最後にまとめると、自分が変わるきっかけに、自分がより成長するきっかけに、「できる、できない」ではなく「自分が変わるきっかけにする」ということです。

まとめ

もうどんなに取り繕っても、PTA が昔やってきた、暗黙の強制的な加入だったり、個人情報に無頓着だったりは、許されない。また、納得いかない役員決めも変えていかなくてはならない。

もはや、PTA に関する情報は、知らなかったではできない。それほど、情報が飛び交っている。

ただ、組織である以上、目的が存在する。目的にかなった活動は当然だが、目には明らかでなくても大事なこともある。特に人と人とのつながりは一日二日でできるものではない。そんな活動でも誰かが動くことによって成り立つこともある。

だから、敢えて

「おもしろきこともなき世をおもしろく」の高杉晋作の言葉のように、自分で楽しむしかありません。

以上、しまパパのブロクでした。

 

藤井さんのような才能が開花したら…とつい期待してしまうボク。

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